2018.04.13

グウェン・ジョーゲンセンの軌跡 Vol.3『そして、挑戦はつづく』

最終回の今回は、リオ後のジョーゲンセンの動向、そしてフルタイムで彼女をサポートする夫、パトリック・レミューとの関係についてとりあげてみたい。

リオ五輪金メダリストとなったグウェン・ジョーゲンセン。思い描いてきたゴールにたどりついた彼女だったが、トライアスロンチャンピオンの座に安住して生きる気はさらさらないらしい。次に選択したのは、さらに大きな挑戦だった。

 

「次の目標は、マラソンで東京2020に出ること。そして金メダルをとることです」。2017年11月、シェリーン・フラナガンがアメリカ人女性として40年ぶりにニューヨークシティマラソンで優勝を果たしたその2日後に、ジョーゲンセンはマラソンへの転向を発表した。一部では、彼女が “ファンラン”としてリオ直後に出場したニューヨークシティマラソンのタイム2時間41分を引き合いに出し、「現実離れしたトンデモ発表」と辛辣な見方をする向きもあったが、何事も綿密なリサーチとプランニングに基づいてものごとを実行する、“元エリート会計士”の彼女のことである、ただの気まぐれや衝動でこんな発表を堂々とするはずはない。

「トライアスロンでやりたかったことはすべて達成した」

発表から数日後、トライアスロン界の名物パーソナリティであるボブ・バビットの「Babbittville Radio」(http://babbittville.com/gwen-jorgensen-marathon/)に出演した彼女は、マラソン転向についてこう語っている。

「子供を産んで、産休中にトライアスロンのキャリアを振り返る時間がありました。世界チャンピオン2回、そしてオリンピックの金メダル。自分がトライアスロンでやりたかったことはすべて達成したと思えたんです。母として競技に復帰するにあたって、モチベーションを持って臨むためにも、今までやったことのない新しいチャレンジが必要だと考えました。それがマラソンでした」

彼女と夫のレミューは、生まれて間もない息子のスタンリーとともに、ほどなくしてオレゴン州ポートランドへ移住。前出のトップマラソン選手、フラナガンも所属する、バワーマン・トラッククラブでトレーニングを開始している。

Smiles for miles ❤️Thanks for the run this morning @shalaneflanagan

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彼女のオフィシャルメディアであるYouTubeチャンネル (https://youtu.be/d-LgFlAT8_0)では、その様子が動画で随時アップされているが、それによると今年2月にシアトルで行われた室内陸上大会ハスキー・クラシックでは5000mに出場しさっそく自己ベストとなる15分15秒という好記録を出す。トライアスリート時代から細身だった彼女だが、さらに絞り込まれた四肢は、まさに長距離ランナーのもの。肉体改造も着々と進んでいる様子がうかがえる。また、フラナガンらとのコロラドでの高地トレーニング合宿を経て挑んだ、先日3月31日のスタンフォード・インビテーショナル10000mでは、一流選手の証である31分台(31分55秒)を叩き出し、トップでフィニッシュしている。現時点で彼女のマラソンランナーとしての実力をジャッジするにはまだ材料不足だが、トライアスロンにかけてきたのと同等の熱量で、新しいチャレンジに挑み、着実に、そして大方の予想よりはるかに急速に前進を続けていることが、これらの情報からうかがえる。彼女の次なる夢は現実味を帯びてきた、と言えそうだ。

スタンフォード・インビテーショナル

ジョーゲンセンの活躍を支える夫、パトリック・レミューの存在

ジョーゲンセンを語る上で無視できないのが、夫のパトリック・レミューの存在だ。アメリカ国内大会で活躍するプロのサイクリストだったレミューは、当時ガールフレンドだったジョーゲンセンの才能を認め「サポートする人間がいれば、彼女はもっと伸びる」と確信して、自らの競技生活に終止符を打ち、フルタイムでのサポートを申し出た。リオ五輪以前に取材されたNBC Sportsのサイト(http://sportsworld.nbcsports.com/gwen-jorgensen-triathlon-husband-patrick/)で、レミューはこう語っている。

「自分の競技をやめることは、そんなに難しい決断ではなかった。僕はサイクリストとしてより、ケアテイカーとしての方がいい仕事ができると思ったんだ」

レミューは家事全般、そして彼女の全食事を栄養価を考えながら用意し、長期遠征に出る際にはバイクを始めとするすべての道具をパッキングし準備する。遠征先でも食事の用意はレミューの担当だ。どこに行くにも調理ナイフセットとまな板、そして炊飯器を必ず持参。炊飯器ではジョーゲンセンの大好物であるライスのみならず、肉や野菜などあらゆる食材を調理するという。息子が生まれ、ランナーに転向してからライフスタイルが変化したとはいえ、彼は変わらずジョーゲンセンの身の回りすべてのケアを受け持っている。

「パトリックの料理は最高。いつか炊飯器クッキングの本を出すべきよ!」とグルメなジョーゲンセンも絶賛する腕前だ。

ジェンダーレス化が進んでいるかのように思えるアメリカにおいても、女性アスリートにとって家事や料理を気にせずに競技に集中できる環境を持てることは、極めて稀で幸運なことのようだ。特に食事はパフォーマンスに直結する大事な要素。ハードな練習から戻ってすぐに新鮮でおいしい食事を口にすることができる現在の環境は、ジョーゲンセンの強みのひとつと言えるかもしれない。

世界一のワーキング・マムに。

もうひとつ、息子スタンリーの出産についても触れておくべきだろう。「家族を持つことが私の夢でした」と以前から語っていたジョーゲンセンは、リオ五輪後ほどなくして妊娠を発表。そして2017年8月に、スタンリーを出産した。その後当たり前のように競技に復帰し、自らを「ワーキング・マム=働く母」と呼ぶ。そこには、五輪金メダリストの“セレブ感”はみじんも感じられない。この自然体こそ、ジョーゲンセンの魅力であり、強さの源なのではないだろうか。彼女はこうも語っている。

「出産後も第一線で活躍しているニコラ・スピリグ(トライアスロンでロンドン五輪金メダル、リオ銀メダル)、ディーナ・カスター(マラソン北米記録保持者)、カーラ・ガウチャー(アメリカトップマラソンランナー)のように、多くのお母さんたちにインスピレーションをあたえられる存在になりたい」

世界一のワーキング・マムを目指すジョーゲンセンのチャレンジと、そのライフスタイルは女性アスリートのみならず、多くの働く女性たち、母親たち、女性アスリートたちのインスピレーションになるだろう。チーム・ジョーゲンセンの動向からは、今後も目が離せない。

<グウェン・ジョーゲンセン年表>

2010年 USATの勧めで、フルタイムで働きながらトライアスロンを始める。
2011年 現在の夫、パトリック・レミューと出会う。
2012年 ロンドンオリンピック出場。パンクで38位に沈む。
2013年 レミューが自らの競技をやめ、ジョーゲンセンのサポートに専念。
       レミューと結婚。
2014年 WTS世界チャンピオンに輝く。
2015年 2年連続でWTS世界チャンピオンに。前人未到の12連勝を記録。
2016年8月 リオオリンピック金メダル。
     11月 ニューヨークシティマラソン出場。2時間41分で完走。
            妊娠を発表。
2017年8月 長男スタンリーを出産。
   11月 マラソンへの転向を発表。オレゴン州ポートランドへ移住。
バワーマン・トラッククラブで練習開始。
2018年2月 5000m自己ベストを出す。15分15秒。
     3月 10000m自己ベストを出す。31分55秒。

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筆者紹介:東海林美佳
一般女性誌からスポーツ誌まで幅広いジャンルで活躍するエディター&ライター。アイアンマンハワイをはじめ、海外レース、海外選手の取材を多数手がける。

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