トライアスロン界の女王 グウェン・ジョーゲンセンの軌跡 Vol.1 キャリアとスポーツの間で

2018/01/22

トライアスロン界の女王 グウェン・ジョーゲンセンの軌跡 Vol.1 キャリアとスポーツの間で

リオ五輪で金メダル、そして母にもなったグウェン・ジョーゲンセン。頂点を極めた彼女のトライアスロンの軌跡をご紹介します。(計3回)

トライアスロンを始めて6年で頂点へ。

トライアスロン界には伝説的スーパーウーマンが多数存在する。アイアンマンで無敵を誇ったナターシャ・バドマンやクリッシー・ウェリントン、そしてロンドン五輪金メダリストで、出産後に復帰しリオ五輪で銀メダルに輝いたニコラ・スピリグなど。オリンピックチャンピオンであり、WTS(世界トライアスロンシリーズ)で前人未到の12連勝を果たしたグウェン・ジョーゲンセンも間違いなくその一人だ。

リオ五輪の金メダルでトライアスリートとして頂点を極めた彼女は、昨年8月に息子のスタンリー君を出産し母となる。アスリートとしての栄誉と、女性としての充実感の両方を手にした彼女が選択した次なる挑戦は、マラソンへの転向というものだった。「トップトライアスリートのマラソン転向宣言」はトライアスロン界と陸上界の両方に大きな衝撃を与えた。

トライアスロンを始めて6年という短い期間に一気に頂点まで上り詰め、風のようにトライアスロン界を去っていくスーパーウーマン、グウェン・ジョーゲンセンとはどんな人物なのか? 彼女のこれまでの軌跡を、3回にわたってご紹介していきたいと思う。

就職か、(やったこともない)トライアスロンか、という選択。

グウェン・ローズマリー・ジョーゲンセンは、1986年、アメリカ、ウィスコンシン州に生まれる。高校時代から水泳と陸上で活躍し、ウィスコンシン大学ではトラックとクロスカントリーでNCAAチャンピオンシップ(全米学生選手権)に出場。卒業後は会計士として世界4大会計事務所のひとつであるアーンスト&ヤングに就職している。そんな彼女が、どのようにしてトライアスロンに出会ったのか? リオ五輪直前の2016年5月に掲載された Forbes.comでのインタビューでその馴れ初めを彼女はこう語っている。

「USAT(アメリカトライアスロン協会)からの最初の電話は大学時代。でもアーンスト&ヤングへの就職がすでに決まっていたのでムリだと断ったの」。一度はスポーツよりもキャリアを選んだグウェン。安易な夢を見ない地に足のついた女性であることがわかる。だが卒業し就職してからもUSATは説得を続けた。「『趣味でもいい、仕事しながらでもいいから、トライアスロンをやってみてほしい。好きじゃなかったらしょうがないけど、1度はトライするべきだ』って。ホント、やってみてよかった!」

毎日4時起きでプールへ。

仕事とトレーニングを両立する日々。

2010年、彼女は職場の上司の理解を得て、トライアスロンを始め、瞬く間に全米トップ選手に。2012年ロンドンオリンピックでアメリカ代表に選ばれるまで、仕事をこなしながらトレーニングを続けていたという。当時のスケジュールについても、このインタビューで詳しく語られている。

「目の回る忙しさだったわ。4時に起きてバイクでプールに行き1時間半のスイム練と30〜40分のトレッドミルをやって、またバイクで家に戻って8時前には出社。プールから13マイルを走って帰る日もあったわね。フルタイムで仕事をした後帰宅して、自宅のローラーでバイク練。睡眠もリカバリーも全然足りてない状態。大変だったけど、すごく楽しかった」

一流会計事務所での会計士の職は、それだけでも激務。それとトップアスリートとしてのトレーニングとを両立させていたというのだからすごい。この生活で身についたことが、「先送りをしない」ことと、「常に全力で取り組む」ことだという。まさに働くトライアスリートの鑑だ。だが、限界はある。再びForbes.comのインタビューに戻るが、プロのトライアスリートとしてやっていく決意をした際、こう考えたと語っている。

1. 真剣に打ち込むことは、投資であって犠牲ではない。

2.大きな1つの成功は、中途半端な2つの成功より価値がある。

こうしてグウェンは、トライアスロンにすべてを賭ける、という人生の選択をした。
(第2回に続く)

引用元:Forbes.com

勝負の1秒を削るトライアスロングッズ特集はこちら>

筆者紹介:東海林美佳
一般女性誌からスポーツ誌まで幅広いジャンルで活躍するエディター&ライター。アイアンマンハワイをはじめ、海外レース、海外選手の取材を多数手がける。

関連記事:
2017 Ironman World Championships 新星現る(2017年10月19日)
ハビエル・ゴメス、グウェン・ジョーゲンセンが2015ITU世界王者に(2015年9月21日)

2018/01/22

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リオ五輪で金メダル、そして母にもなったグウェン・ジョーゲンセン。頂点を極めた彼女のトライアスロンの軌跡をご紹介します。(計3回)

トライアスロン界の女王 グウェン・ジョーゲンセンの軌跡 Vol.1 キャリアとスポーツの間で

トライアスロンを始めて6年で頂点へ。

トライアスロン界には伝説的スーパーウーマンが多数存在する。アイアンマンで無敵を誇ったナターシャ・バドマンやクリッシー・ウェリントン、そしてロンドン五輪金メダリストで、出産後に復帰しリオ五輪で銀メダルに輝いたニコラ・スピリグなど。オリンピックチャンピオンであり、WTS(世界トライアスロンシリーズ)で前人未到の12連勝を果たしたグウェン・ジョーゲンセンも間違いなくその一人だ。

リオ五輪の金メダルでトライアスリートとして頂点を極めた彼女は、昨年8月に息子のスタンリー君を出産し母となる。アスリートとしての栄誉と、女性としての充実感の両方を手にした彼女が選択した次なる挑戦は、マラソンへの転向というものだった。「トップトライアスリートのマラソン転向宣言」はトライアスロン界と陸上界の両方に大きな衝撃を与えた。

トライアスロンを始めて6年という短い期間に一気に頂点まで上り詰め、風のようにトライアスロン界を去っていくスーパーウーマン、グウェン・ジョーゲンセンとはどんな人物なのか? 彼女のこれまでの軌跡を、3回にわたってご紹介していきたいと思う。

就職か、(やったこともない)トライアスロンか、という選択。

グウェン・ローズマリー・ジョーゲンセンは、1986年、アメリカ、ウィスコンシン州に生まれる。高校時代から水泳と陸上で活躍し、ウィスコンシン大学ではトラックとクロスカントリーでNCAAチャンピオンシップ(全米学生選手権)に出場。卒業後は会計士として世界4大会計事務所のひとつであるアーンスト&ヤングに就職している。そんな彼女が、どのようにしてトライアスロンに出会ったのか? リオ五輪直前の2016年5月に掲載された Forbes.comでのインタビューでその馴れ初めを彼女はこう語っている。

「USAT(アメリカトライアスロン協会)からの最初の電話は大学時代。でもアーンスト&ヤングへの就職がすでに決まっていたのでムリだと断ったの」。一度はスポーツよりもキャリアを選んだグウェン。安易な夢を見ない地に足のついた女性であることがわかる。だが卒業し就職してからもUSATは説得を続けた。「『趣味でもいい、仕事しながらでもいいから、トライアスロンをやってみてほしい。好きじゃなかったらしょうがないけど、1度はトライするべきだ』って。ホント、やってみてよかった!」

毎日4時起きでプールへ。

仕事とトレーニングを両立する日々。

2010年、彼女は職場の上司の理解を得て、トライアスロンを始め、瞬く間に全米トップ選手に。2012年ロンドンオリンピックでアメリカ代表に選ばれるまで、仕事をこなしながらトレーニングを続けていたという。当時のスケジュールについても、このインタビューで詳しく語られている。

「目の回る忙しさだったわ。4時に起きてバイクでプールに行き1時間半のスイム練と30〜40分のトレッドミルをやって、またバイクで家に戻って8時前には出社。プールから13マイルを走って帰る日もあったわね。フルタイムで仕事をした後帰宅して、自宅のローラーでバイク練。睡眠もリカバリーも全然足りてない状態。大変だったけど、すごく楽しかった」

一流会計事務所での会計士の職は、それだけでも激務。それとトップアスリートとしてのトレーニングとを両立させていたというのだからすごい。この生活で身についたことが、「先送りをしない」ことと、「常に全力で取り組む」ことだという。まさに働くトライアスリートの鑑だ。だが、限界はある。再びForbes.comのインタビューに戻るが、プロのトライアスリートとしてやっていく決意をした際、こう考えたと語っている。

1. 真剣に打ち込むことは、投資であって犠牲ではない。

2.大きな1つの成功は、中途半端な2つの成功より価値がある。

こうしてグウェンは、トライアスロンにすべてを賭ける、という人生の選択をした。
(第2回に続く)

引用元:Forbes.com

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筆者紹介:東海林美佳
一般女性誌からスポーツ誌まで幅広いジャンルで活躍するエディター&ライター。アイアンマンハワイをはじめ、海外レース、海外選手の取材を多数手がける。

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