リエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑むボーラ・ハンスグローエ (2)レース直前監督インタビュー

2019/05/15

リエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑むボーラ・ハンスグローエ (2)レース直前監督インタビュー

LBL2019へのボーラ・ハンスグローエの挑戦。第2回はチームを率いるイェンス・ゼムケ助監督への直前インタビューとレースレポートをお届けします。

第一話はこちらから>

■冷たい雨に濡れるアルデンヌクラシック最終戦
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ当日は朝から雨。レース開始時間が近づくにつれ雨足は強まり、出走サインのためスタート台へ向かう選手達はレインウェアを厚く着込んでいた。チームバスが集まるスタート地点には悪天候に関わらず多数のファンが詰めかけ、ベルギーでの自転車レース人気を改めて実感する。


出走サイン時のマルクス・ブールクハート(ドイツ)。レインウェアを着込み、雨除けのためかキャップを着用していた。 ©Keisuke Kitaguchi

レースの主役は選手達だが、勝利へのシナリオを書くのは監督陣の仕事だ。リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ前日の4月27日、ゼムケ助監督へ今季のボーラ・ハンスグローエのレース戦略に関する話を聞くことができた。

■「ラ・ドワイエンヌ」攻略
―明日はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュです。ボーラ・ハンスグローエはどのように戦う予定ですか。
―直前のアムステルゴールドレース、フレーシュ・ワロンヌはうまくいったと思う。どちらのレースもマクシミリアン・シャフマン(ドイツ)が5位に入ったんだ。レースの展開によっては、もっと良い結果になっていたと思うよ。選手達は自信を持っているし、我々は世界最高峰の選手達と互角に戦うことができると考えている。


アルデンヌクラシックはアップダウンが多くて、非常にハードだ。常に用心深く走らなければならないし、バイクコントロールテクニックも必要だが、我々のチームにフィットしているレースだと思っているんだ。
ボーラ・ハンスグローエには上位を狙える選手が複数いるから、一人のリーダーを決めて戦うのではなくて、できるだけ多くの選手を最終局面まで残す作戦でいきたい。明日は天候も悪く気温も低いので非常にハードな展開になるだろうが、2人または3人は残したいところ。

我々は一人のムービースター、リーダーがいるチームではないんだ。若くて素晴らしい選手が複数いるバランスの取れたチームだからこそ、複数の選手達に生き残ってもらってレースを作っていきたいね。


レース準備で忙しい中インタビューに応じてくれたゼムケ助監督。レースの戦略について細かく、かつ丁寧に語ってくれた。©Keisuke Kitaguchi

特にシャフマン、グレゴール・ミュールベルガー(オーストリア)、ダヴィデ・フォルモロ(イタリア)の3人は若くて才能のある選手だと思う。この3週間は若手が頑張ってくれた。ボルタ・ア・カタルーニャ、フォルモロはハードな最終ステージで勝利することができたし、ミュールベルガーも1級山岳頂上フィニッシュの第4ステージで2位と強さを見せた。 我々が切ることができるカードの枚数は、多いと思っているよ。


今季好調のフォルモロ。スタート台ではファンの声援にピースサインで応えていた。©Keisuke Kitaguchi

―明日は、どのチームがライバルになりますか。
―ドゥクーニンク・クイックステップだろうね。ジュリアン・アラフィリップ(フランス)は強力だし、フィリップ・ジルベール(ベルギー)も手ごわい。新聞にも彼らのことばかり書いてあるよね(笑)
あと、アレハンドロ・バルベルデ(スペイン/モビスター・チーム)やダン・マーティン(アイルランド/UAEチームエミレーツ)にも注意しなくてはならない。それからロット・スーダル、ビョルン・ランブレヒト(ベルギー)は若くて才気溢れる選手だ。EFエデュケーションファーストにも最近驚かされることが多い。
そしてアスタナ。ヤコブ・フルサング(デンマーク)は強い。


2019年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを制したのはゼムケ助監督が名前を挙げていたフルサング。見事な独走勝利を飾った。©Keisuke Kitaguchi

―そういえば、ペテル・サガン(スロバキア)は明日出走しませんよね。今年はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑戦すると話題になっていましたが。
―これは戦略の難しさを語る上で良い例だと思う。
もともとペテルは今年リエージュ〜バストーニュ〜リエージュを走る予定だった。2019年はコース変更によりフィニッシュがリエージュになったから、終盤にサン・ニコラやアンスのようなタフな登りがない。だからペテルにも勝機があるコースだと考えていたんだ。
でもペテルはパリ〜ルーベの後、リカバリーが難しい状態になってしまった。パリ〜ルーベはとてもハードで、全てを出し尽くすレースだからね。そこでリエージュ〜バストーニュ〜リエージュをキャンセルして、次のレースをツアー・オブ・カリフォルニアにすることにしたんだ。


パリ〜ルーベは後半失速したものの5位に入賞したサガン。アムステルゴールドレース、フレーシュ・ワロンヌはいずれも途中リタイヤで、パリ〜ルーベのダメージの大きさが伺い知れる。チームの戦略が功を奏し、ツアー・オブ・カリフォルニアでは開幕勝利を飾った。 ©cyclingimages

■「レースはギャンブルではない。」
―レースの戦略は、どのタイミングで決めているのですか。
―5〜6週間前には決めている。冬のうちに選手それぞれの目標となるレースを決定して、そのレースに向けてコンディションを上げていくんだ。レースはギャンブルではない。だから時間をかけて計画を立て、準備をする。
そしてレース直前の選手の状態やレースの状況を見て、最終的な戦略を決定する。今回のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの戦略は、ファーストディレクターであるエンリコ・ポイチュケと私で決めているよ。


レースはオフシーズンである冬のうちから始まっている。選手はトレーニングに励み、監督は戦略を練る。 ©VeloImages

―戦略を立てるのは監督達ですが、実際に作戦を遂行するのは選手達ですよね。監督と選手で意見が食い違ったりすることはないのですか
―うーん、いい質問だね。答えはイエスだ。
この前のフレーシュ・ワロンヌの話をしよう。勝負所で集団前方にいた選手を守るために、他の選手達に前に上がるよう指示を出した。なぜなら、その地点では強い横風を予測していたからね。しかし実際はそこまで風は強くなくて、どちらかというと追い風に近かった。その時は「前に上がっても意味がないんじゃないか」と選手から言われてしまったよ(笑)

戦略の詳細を選手達に伝えるのは、レース当日の朝か前日の夕方だ。チームバスの中で、スクリーンを使ってプレゼンテーションの形式で選手に伝えるんだ。レース中にチームがしたいこと、そして各選手がすべきことを話している。
1人につき2〜4つくらいポイントとなる仕事があって、それをレース中に実行していくんだ。もちろん、レース中には様々なことが起こる。選手のコンディションが良くなかったり、トラブルで選手がリタイヤしたりしたら、戦略を変えなければならない。レース開始後はチームカーの中で調整することになるが、実は戦略を変えることはあまりない。だから、選手とレース中に戦略について話し合うことは少ないね。

ちなみに、戦略の立て方はどんどん進化してきている。最近はデータによって、誰がどんな仕事ができるかがわかるんだ。
どういうことかというと、例えばデータを見ればある特定の登りで誰が一番強いかがわかる。この前のフレーシュ・ワロンヌの勝負所であるユイの壁も、誰が一番速く登れるかを事前に把握していた。
レースは科学だ。でも現実が全てその通りにいくかというと違うけどね(笑)なぜなら選手のフィーリングや心理、モチベーションで結果は変わってくるから。
そうそう、パワーメーターのデータはコーチが分析してトレーニングやレースに生かせるから、とてもいいと思うよ。


レース後のフォルモロのバイク。スペシャライズドのパワーメーターを使用。バイクの汚れが過酷なレースを物語る。©Keisuke Kitaguchi

■機材と戦略
―今年ボーラ・ハンスグローエはディスクブレーキオンリーでレースを戦っていますよね。戦略に何か影響はありますか。
―戦略は何も変わらない。でも、面白い話がある。
この前のイツリア・バスクカントリーの第1ステージ個人タイムトライアルは雨だったんだけど、選手達がTTバイクのリムブレーキがきちんと利かないって言うんだ。「ブレーキはいつも通り、問題なく利いている。でも君達はディスクブレーキに慣れてるから、雨の日のリムブレーキが利かないと感じているんだ。」って言ってやったよ。
雨の日はディスクブレーキの良さが際立つ。軽い力でブレーキがかけられるし、雨のレースではとても有利になるね。明日のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュは雨予報だし、ディスクブレーキは良いと思うよ。

※現在販売中のShiv TTはリムブレーキです。

スペシャライズドのディスクブレーキを試せる店舗はこちら>


トラブル回避に貢献しているというディスクブレーキ。雨のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ本番も大活躍だったようだ。©Keisuke Kitaguchi

―ディスクブレーキを使うことで、雨のレースのトラブルを回避できそうですね。
ところで、トラブルと言えばパリ〜ルーベではボーラ・ハンスグローエの選手は1度もパンクしませんでしたね。

―そうなんだ。素晴らしいことに、今年のパリ〜ルーベはパンクがなかった。非常に過酷な石畳のコースにも関わらず、だ。でも、実は去年も1回しかパンクがなかったんだ。最近のタイヤの進化は凄いよ。

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■監督に聞く、チーム内部事情
―トラブルに関する話をもう1つだけ伺います。レースには落車などによる怪我が付き物ですが、チームドクターは何人くらいいるのですか。
―5〜6人の担当ドクターがいるよ。チームドクターの派遣を依頼している病院があって、レースの時はそこからドクターが来てくれるんだ。
10年くらい前までは自転車専門のドクターを雇っていた。しかし最近は通常の医者の業務をしつつ、レースの時はチームに帯同するという形になっているんだ。自転車に乗らないドクターもいるけど、そこは問題にはならないね。ドクターの仕事は、落車時の擦り傷の処置が多い。

―ボーラ・ハンスグローエには様々な国の選手やスタッフが所属していますよね。チーム内でのコミュニケーションはどうしているのですか。
―チーム内では英語を使ってコミュニケーションを取っている。
でも、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュの後にドイツで開催されるエシュボルン〜フランクフルトでは、初めてドイツ語でコミュニケーションを取りながらレースをしてみようと思っている。我々がドイツ語でレースを行う最初のチームになるだろうね!
でも基本的には英語を使う。選手は英語が必須科目だ。しっかり勉強して、上達してもらわなければならない。なぜなら、チームでレースをするには、コミュケーションが非常に重要だからね。

■リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ2019レースレポート
 雨のリエージュでスタートを切った「ラ・ドワイエンヌ(最古参)」。逃げグループ8人を先頭に折り返しとなるバストーニュを通過すると、ゼムケ助監督がライバルチーム筆頭として名前を挙げたドゥクーニンク・クイックステップが先頭に集まり猛烈なペースアップを開始し、優勝候補のバルベルデ、マーティンが脱落。


雨の中、レインウェア姿の選手達が熱い火花を散らす。©cyclingimages


アタックと吸収を繰り返しながらレースは進み、ジルべールの名前のペイントで知られる「コート・ド・ラ・ルドゥット」では新たな先行グループを形成していたタネル・カンゲルト(エストニア/EFエデュケーションファースト)が加速。ここにパトリック・コンラッド(オーストリア/ボーラ・ハンスグローエ)、ティム・ウェレンス(ベルギー/ロット・スーダル)、ダリル・インピー(南アフリカ /ミッチェルトン・スコット)が合流し、最後の勝負所である「コート・ド・ラ・ロッシュ・オ・フォーコン」へ。しかし、すぐにメイン集団が4人をとらえる。

この集団の中には、フォルモロとシャフマンがきっちりと残っていた。カウンターアタックを仕掛けたマイケル・ウッズ(カナダ/EFエデュケーションファースト)とヤコブ・フルサング(デンマーク/アスタナ)に、フォルモロが食らいつく。3人が抜け出す後方で、直前のフレーシュ・ワロンヌ覇者であるアラフィリップが苦しい表情を見せる。ドゥクーニンク・クイックステップの手札が尽きた瞬間だった。

この日一番強かったのはフルサングだった。ウッズ、次いでフォルモロを振り切って独走に持ち込み、後輪を滑らせるアクシデントにも落ち着いて対応、そのままフィニッシュ地点のリエージュまで逃げ切ってみせた。

 

フルサングの先行を許しながらも単独で追走を続けたフォルモロが2位。ウッズはヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア/バーレーン・メリダ)やアダム・イェーツ(イギリス/ミッチェルトン・スコット)らの追走集団に引き戻され、この集団で3位を争うこととなったが、フィニッシュ手前でアタックしたシャフマンが先着。


2位に入ったフォルモロ。ゴール前25mだが、後続が離れているため余裕の表情。©Keisuke Kitaguchi


3位に入ったシャフマン。ゴール前、必死のアタックで後続集団から抜け出した。 ©Keisuke Kitaguchi

こうして、ボーラ・ハンスグローエが表彰台に2名の選手を送り込んだ。勝負所「コート・ド・ラ・ロッシュ・オ・フォーコン」にコンラッド、シャフマン、フォルモロを残し、要注意選手の一人と言っていたフルサングのアタックにフォルモロが反応し2位を、追走集団から最後にシャフマンが抜け出し3位を獲得。1位こそ逃したが、ゼムケ助監督はじめボーラ・ハンスグローエのチーム戦略は見事という他にないだろう。

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表彰式を終えて笑顔でチームバスへ戻ってきたシャフマン。アルデンヌクラシック三連戦を良い形で締めくくった。ファン1人1人に丁寧に対応しており、人柄の良さが伺える。©Keisuke Kitaguchi


シャフマンの後に戻ってきたフォルモロ。チームバスの前で待っていたファン達の前で、おどけてみせてくれた。©Keisuke Kitaguchi

シャフマン、フォルモロは表彰式を終えた後、かなり遅れてチームバスに戻ってきた。2人がバスに乗り込むやいなや、バスの中から大きな歓声が弾ける。監督はじめスタッフと選手達が掴んだ成果。今季からチームに加入したシャフマン、そしてフォルモロ、更にチーム・ネットアップ時代から在籍するミュールベルガーをはじめとする生え抜きの若手選手達の成長により、ボーラ・ハンスグローエは強豪総合系チームへと進化した。
チームのエースはサガンだが、サガンが不在でも優勝争いに絡むことができる。レースカレンダーはクラシックシーズンを終えてグランツールへ進む。ボーラ・ハンスグローエがどんなレースを見せてくれるのか、楽しみだ。


シャフマン、フォルモロをはじめ若手選手の成長著しいボーラ・ハンスグローエ。グランツールの総合争いを面白くしてくれそうだ。©Bettiniphoto

■今回の記事で紹介した選手-プロ選手チップス
記事の中で紹介した選手達の特徴を、小ネタも入れてカード形式でお届けします。
レース観戦中など、この選手どんな選手だっけ?と思い出してもらえれば幸いです!

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【筆者紹介】
池田 綾(アヤフィリップ)
サイクリングライター。監督へのインタビューという貴重な機会、いちロードレースファンとして素朴な疑問をぶつけてみました。レースではボーラ・ハンスグローエの選手達が、監督から事前に聞いていた作戦を見事に遂行していく様に感動。今季は若手選手が大活躍で、イツリア・バスクカントリーやツアー・オブ・ターキーといったステージレースでも存在感抜群でした。グランツールシーズンも目が離せません。
北口 圭介
インタビュアー兼写真担当。大事なレース前日に貴重なお時間を頂いたイェンスさんに感謝。終わってみればインタビュー内容通りのレース展開で、ボーラ・ハンスグローエの戦略のすばらしさと選手層の厚さを実感しました。グランツールシーズンも期待しています!

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2019/05/15

リエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑むボーラ・ハンスグローエ (2)レース直前監督インタビュー

LBL2019へのボーラ・ハンスグローエの挑戦。第2回はチームを率いるイェンス・ゼムケ助監督への直前インタビューとレースレポートをお届けします。

リエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑むボーラ・ハンスグローエ (2)レース直前監督インタビュー

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■冷たい雨に濡れるアルデンヌクラシック最終戦
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ当日は朝から雨。レース開始時間が近づくにつれ雨足は強まり、出走サインのためスタート台へ向かう選手達はレインウェアを厚く着込んでいた。チームバスが集まるスタート地点には悪天候に関わらず多数のファンが詰めかけ、ベルギーでの自転車レース人気を改めて実感する。


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―明日はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュです。ボーラ・ハンスグローエはどのように戦う予定ですか。
―直前のアムステルゴールドレース、フレーシュ・ワロンヌはうまくいったと思う。どちらのレースもマクシミリアン・シャフマン(ドイツ)が5位に入ったんだ。レースの展開によっては、もっと良い結果になっていたと思うよ。選手達は自信を持っているし、我々は世界最高峰の選手達と互角に戦うことができると考えている。


アルデンヌクラシックはアップダウンが多くて、非常にハードだ。常に用心深く走らなければならないし、バイクコントロールテクニックも必要だが、我々のチームにフィットしているレースだと思っているんだ。
ボーラ・ハンスグローエには上位を狙える選手が複数いるから、一人のリーダーを決めて戦うのではなくて、できるだけ多くの選手を最終局面まで残す作戦でいきたい。明日は天候も悪く気温も低いので非常にハードな展開になるだろうが、2人または3人は残したいところ。

我々は一人のムービースター、リーダーがいるチームではないんだ。若くて素晴らしい選手が複数いるバランスの取れたチームだからこそ、複数の選手達に生き残ってもらってレースを作っていきたいね。


レース準備で忙しい中インタビューに応じてくれたゼムケ助監督。レースの戦略について細かく、かつ丁寧に語ってくれた。©Keisuke Kitaguchi

特にシャフマン、グレゴール・ミュールベルガー(オーストリア)、ダヴィデ・フォルモロ(イタリア)の3人は若くて才能のある選手だと思う。この3週間は若手が頑張ってくれた。ボルタ・ア・カタルーニャ、フォルモロはハードな最終ステージで勝利することができたし、ミュールベルガーも1級山岳頂上フィニッシュの第4ステージで2位と強さを見せた。 我々が切ることができるカードの枚数は、多いと思っているよ。


今季好調のフォルモロ。スタート台ではファンの声援にピースサインで応えていた。©Keisuke Kitaguchi

―明日は、どのチームがライバルになりますか。
―ドゥクーニンク・クイックステップだろうね。ジュリアン・アラフィリップ(フランス)は強力だし、フィリップ・ジルベール(ベルギー)も手ごわい。新聞にも彼らのことばかり書いてあるよね(笑)
あと、アレハンドロ・バルベルデ(スペイン/モビスター・チーム)やダン・マーティン(アイルランド/UAEチームエミレーツ)にも注意しなくてはならない。それからロット・スーダル、ビョルン・ランブレヒト(ベルギー)は若くて才気溢れる選手だ。EFエデュケーションファーストにも最近驚かされることが多い。
そしてアスタナ。ヤコブ・フルサング(デンマーク)は強い。


2019年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを制したのはゼムケ助監督が名前を挙げていたフルサング。見事な独走勝利を飾った。©Keisuke Kitaguchi

―そういえば、ペテル・サガン(スロバキア)は明日出走しませんよね。今年はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュに挑戦すると話題になっていましたが。
―これは戦略の難しさを語る上で良い例だと思う。
もともとペテルは今年リエージュ〜バストーニュ〜リエージュを走る予定だった。2019年はコース変更によりフィニッシュがリエージュになったから、終盤にサン・ニコラやアンスのようなタフな登りがない。だからペテルにも勝機があるコースだと考えていたんだ。
でもペテルはパリ〜ルーベの後、リカバリーが難しい状態になってしまった。パリ〜ルーベはとてもハードで、全てを出し尽くすレースだからね。そこでリエージュ〜バストーニュ〜リエージュをキャンセルして、次のレースをツアー・オブ・カリフォルニアにすることにしたんだ。


パリ〜ルーベは後半失速したものの5位に入賞したサガン。アムステルゴールドレース、フレーシュ・ワロンヌはいずれも途中リタイヤで、パリ〜ルーベのダメージの大きさが伺い知れる。チームの戦略が功を奏し、ツアー・オブ・カリフォルニアでは開幕勝利を飾った。 ©cyclingimages

■「レースはギャンブルではない。」
―レースの戦略は、どのタイミングで決めているのですか。
―5〜6週間前には決めている。冬のうちに選手それぞれの目標となるレースを決定して、そのレースに向けてコンディションを上げていくんだ。レースはギャンブルではない。だから時間をかけて計画を立て、準備をする。
そしてレース直前の選手の状態やレースの状況を見て、最終的な戦略を決定する。今回のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの戦略は、ファーストディレクターであるエンリコ・ポイチュケと私で決めているよ。


レースはオフシーズンである冬のうちから始まっている。選手はトレーニングに励み、監督は戦略を練る。 ©VeloImages

―戦略を立てるのは監督達ですが、実際に作戦を遂行するのは選手達ですよね。監督と選手で意見が食い違ったりすることはないのですか
―うーん、いい質問だね。答えはイエスだ。
この前のフレーシュ・ワロンヌの話をしよう。勝負所で集団前方にいた選手を守るために、他の選手達に前に上がるよう指示を出した。なぜなら、その地点では強い横風を予測していたからね。しかし実際はそこまで風は強くなくて、どちらかというと追い風に近かった。その時は「前に上がっても意味がないんじゃないか」と選手から言われてしまったよ(笑)

戦略の詳細を選手達に伝えるのは、レース当日の朝か前日の夕方だ。チームバスの中で、スクリーンを使ってプレゼンテーションの形式で選手に伝えるんだ。レース中にチームがしたいこと、そして各選手がすべきことを話している。
1人につき2〜4つくらいポイントとなる仕事があって、それをレース中に実行していくんだ。もちろん、レース中には様々なことが起こる。選手のコンディションが良くなかったり、トラブルで選手がリタイヤしたりしたら、戦略を変えなければならない。レース開始後はチームカーの中で調整することになるが、実は戦略を変えることはあまりない。だから、選手とレース中に戦略について話し合うことは少ないね。

ちなみに、戦略の立て方はどんどん進化してきている。最近はデータによって、誰がどんな仕事ができるかがわかるんだ。
どういうことかというと、例えばデータを見ればある特定の登りで誰が一番強いかがわかる。この前のフレーシュ・ワロンヌの勝負所であるユイの壁も、誰が一番速く登れるかを事前に把握していた。
レースは科学だ。でも現実が全てその通りにいくかというと違うけどね(笑)なぜなら選手のフィーリングや心理、モチベーションで結果は変わってくるから。
そうそう、パワーメーターのデータはコーチが分析してトレーニングやレースに生かせるから、とてもいいと思うよ。


レース後のフォルモロのバイク。スペシャライズドのパワーメーターを使用。バイクの汚れが過酷なレースを物語る。©Keisuke Kitaguchi

■機材と戦略
―今年ボーラ・ハンスグローエはディスクブレーキオンリーでレースを戦っていますよね。戦略に何か影響はありますか。
―戦略は何も変わらない。でも、面白い話がある。
この前のイツリア・バスクカントリーの第1ステージ個人タイムトライアルは雨だったんだけど、選手達がTTバイクのリムブレーキがきちんと利かないって言うんだ。「ブレーキはいつも通り、問題なく利いている。でも君達はディスクブレーキに慣れてるから、雨の日のリムブレーキが利かないと感じているんだ。」って言ってやったよ。
雨の日はディスクブレーキの良さが際立つ。軽い力でブレーキがかけられるし、雨のレースではとても有利になるね。明日のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュは雨予報だし、ディスクブレーキは良いと思うよ。

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―ディスクブレーキを使うことで、雨のレースのトラブルを回避できそうですね。
ところで、トラブルと言えばパリ〜ルーベではボーラ・ハンスグローエの選手は1度もパンクしませんでしたね。

―そうなんだ。素晴らしいことに、今年のパリ〜ルーベはパンクがなかった。非常に過酷な石畳のコースにも関わらず、だ。でも、実は去年も1回しかパンクがなかったんだ。最近のタイヤの進化は凄いよ。

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―トラブルに関する話をもう1つだけ伺います。レースには落車などによる怪我が付き物ですが、チームドクターは何人くらいいるのですか。
―5〜6人の担当ドクターがいるよ。チームドクターの派遣を依頼している病院があって、レースの時はそこからドクターが来てくれるんだ。
10年くらい前までは自転車専門のドクターを雇っていた。しかし最近は通常の医者の業務をしつつ、レースの時はチームに帯同するという形になっているんだ。自転車に乗らないドクターもいるけど、そこは問題にはならないね。ドクターの仕事は、落車時の擦り傷の処置が多い。

―ボーラ・ハンスグローエには様々な国の選手やスタッフが所属していますよね。チーム内でのコミュニケーションはどうしているのですか。
―チーム内では英語を使ってコミュニケーションを取っている。
でも、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュの後にドイツで開催されるエシュボルン〜フランクフルトでは、初めてドイツ語でコミュニケーションを取りながらレースをしてみようと思っている。我々がドイツ語でレースを行う最初のチームになるだろうね!
でも基本的には英語を使う。選手は英語が必須科目だ。しっかり勉強して、上達してもらわなければならない。なぜなら、チームでレースをするには、コミュケーションが非常に重要だからね。

■リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ2019レースレポート
 雨のリエージュでスタートを切った「ラ・ドワイエンヌ(最古参)」。逃げグループ8人を先頭に折り返しとなるバストーニュを通過すると、ゼムケ助監督がライバルチーム筆頭として名前を挙げたドゥクーニンク・クイックステップが先頭に集まり猛烈なペースアップを開始し、優勝候補のバルベルデ、マーティンが脱落。


雨の中、レインウェア姿の選手達が熱い火花を散らす。©cyclingimages


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この集団の中には、フォルモロとシャフマンがきっちりと残っていた。カウンターアタックを仕掛けたマイケル・ウッズ(カナダ/EFエデュケーションファースト)とヤコブ・フルサング(デンマーク/アスタナ)に、フォルモロが食らいつく。3人が抜け出す後方で、直前のフレーシュ・ワロンヌ覇者であるアラフィリップが苦しい表情を見せる。ドゥクーニンク・クイックステップの手札が尽きた瞬間だった。

この日一番強かったのはフルサングだった。ウッズ、次いでフォルモロを振り切って独走に持ち込み、後輪を滑らせるアクシデントにも落ち着いて対応、そのままフィニッシュ地点のリエージュまで逃げ切ってみせた。

 

フルサングの先行を許しながらも単独で追走を続けたフォルモロが2位。ウッズはヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア/バーレーン・メリダ)やアダム・イェーツ(イギリス/ミッチェルトン・スコット)らの追走集団に引き戻され、この集団で3位を争うこととなったが、フィニッシュ手前でアタックしたシャフマンが先着。


2位に入ったフォルモロ。ゴール前25mだが、後続が離れているため余裕の表情。©Keisuke Kitaguchi


3位に入ったシャフマン。ゴール前、必死のアタックで後続集団から抜け出した。 ©Keisuke Kitaguchi

こうして、ボーラ・ハンスグローエが表彰台に2名の選手を送り込んだ。勝負所「コート・ド・ラ・ロッシュ・オ・フォーコン」にコンラッド、シャフマン、フォルモロを残し、要注意選手の一人と言っていたフルサングのアタックにフォルモロが反応し2位を、追走集団から最後にシャフマンが抜け出し3位を獲得。1位こそ逃したが、ゼムケ助監督はじめボーラ・ハンスグローエのチーム戦略は見事という他にないだろう。

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シャフマン、フォルモロは表彰式を終えた後、かなり遅れてチームバスに戻ってきた。2人がバスに乗り込むやいなや、バスの中から大きな歓声が弾ける。監督はじめスタッフと選手達が掴んだ成果。今季からチームに加入したシャフマン、そしてフォルモロ、更にチーム・ネットアップ時代から在籍するミュールベルガーをはじめとする生え抜きの若手選手達の成長により、ボーラ・ハンスグローエは強豪総合系チームへと進化した。
チームのエースはサガンだが、サガンが不在でも優勝争いに絡むことができる。レースカレンダーはクラシックシーズンを終えてグランツールへ進む。ボーラ・ハンスグローエがどんなレースを見せてくれるのか、楽しみだ。


シャフマン、フォルモロをはじめ若手選手の成長著しいボーラ・ハンスグローエ。グランツールの総合争いを面白くしてくれそうだ。©Bettiniphoto

■今回の記事で紹介した選手-プロ選手チップス
記事の中で紹介した選手達の特徴を、小ネタも入れてカード形式でお届けします。
レース観戦中など、この選手どんな選手だっけ?と思い出してもらえれば幸いです!

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【筆者紹介】
池田 綾(アヤフィリップ)
サイクリングライター。監督へのインタビューという貴重な機会、いちロードレースファンとして素朴な疑問をぶつけてみました。レースではボーラ・ハンスグローエの選手達が、監督から事前に聞いていた作戦を見事に遂行していく様に感動。今季は若手選手が大活躍で、イツリア・バスクカントリーやツアー・オブ・ターキーといったステージレースでも存在感抜群でした。グランツールシーズンも目が離せません。
北口 圭介
インタビュアー兼写真担当。大事なレース前日に貴重なお時間を頂いたイェンスさんに感謝。終わってみればインタビュー内容通りのレース展開で、ボーラ・ハンスグローエの戦略のすばらしさと選手層の厚さを実感しました。グランツールシーズンも期待しています!

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