2021.04.02

アンサング・ヒーロー 最強の勝利請負人

最強スプリントチーム、ドゥクーニンク・クイックステップでエーススプリンターの勝利を演出するリードアウトマンをご存じですか?名手ミケル・モルコフを紹介しましょう。

TOP画像:© Wout Beel

時に時速80qを超えるスピードバトルを繰り広げるスプリンターはレースの華だ。チームはエーススプリンターを大切に守り、レース最終盤まで運んでいく。フィニッシュ前ではスピードマン達が列車のように隊列を組みながら速度を上げ、最後は「リードアウトマン」と呼ばれる選手がスプリンターを解き放つ。


黄色いリーダージャージを着るサム・ベネット(アイルランド)のために隊列を組んで走るドゥクーニンク・クイックステップの選手たち。 © 2021 Getty Images

アシスト、助演、名脇役。彼らをどう表現すればいいだろう。本記事の主役は「発射台」とも呼ばれるリードアウトマンだ。名スプリンターの影に名リードアウトマンあり。昨年のツール・ド・フランスでポイント賞と最強スプリンターの証であるマイヨ・ヴェール(緑色のジャージの意)を手に入れたサム・ベネット、彼にとってはミケル・モルコフ(デンマーク)がそうだ。相棒であるベネットの勝利に全てを捧げる名職人、モルコフについて話そう。

プロトン随一のリードアウトマン

ロードレースにおいてリードアウトマンが勝利することはあまりない。スプリンターの勝利のため、彼らは役割に徹する。

スプリントトレインの最後から二両目、そこがモルコフの定位置だ。前を走るのはカスパー・アスグリーン(デンマーク)やレミ・カヴァニャ(フランス)など独走力のある選手たち。彼らは速度とともにポジションを上げ、順番に離脱していく。モルコフが最終車両のベネットを引き連れて先頭に出るのはフィナーレの直前だ。ライバルチームのリードアウトマンたちと好位置を争い、火花を散らす。


全速力で繰り広げられるフィニッシュ前の位置取りバトルを選手の車載カメラからとらえた貴重な映像。
モルコフはともにリードアウトトレインを形成するシェーン・アーチボルド(ニュージーランド)に指示を出し、最後はベネットを連れて飛び立っていく。

体を使った激しい競り合いになることもあるが、モルコフの強みは針の穴を通すような絶妙な位置取りにある。猛烈なスピードでもみ合う中でも、彼は冷静そのものだ。わずかな隙間が生まれる、その一瞬を逃さない。モルコフの描く複雑な動きについて行けず、ベネットがはぐれてしまっても問題ない。迷子になっている相棒を見つけて、そこから「マエストロ」「魔術師」と称えられる巧みさで魔法のように先頭へ上がっていくのだ。
こうしてモルコフに導かれ、ベネットは絶好の位置からフィニッシュラインをとらえる。あとはスプリントに集中するのみ。二人の連携が勝利の扉を開く最後の鍵になる。ベネットが勝てば、それはモルコフの、そしてチームの勝利でもある。


見事勝利を掴み喜びを爆発させるベネット。その後ろで発射台のモルコフも手を上げる。 © 2021 Getty Images

フィニッシュライン直前までベネットを引き上げる力を持っているモルコフ。時に自ら強力なスプリントをすることも。
そんな彼のお気に入りはパワーを逃さずペダルに伝えるS-Works Ares(アーレス)シューズ。スペシャライズドが得意とする人間工学と実際にレースを走る選手のフィードバックが融合して生まれた「最速のシューズ」だ。


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「サムが勝てば、僕の勝ち」

スプリントはチームの戦略であり、リードアウトの妙味である。ドゥクーニンク・クイックステップは歴代のエーススプリンターと数え切れない程多くの勝利を重ねてきた。
最多勝利チームを目指すドゥクーニンク・クイックステップのようなチームにとって、スプリンターの勝利は特に重要だ。数字を押し上げる原動力になるのはもちろん、チームに自信をもたらし、次の勝利に向けて弾みをつけてくれるからだ。

もちろん、常に勝てるわけではない。モルコフも言っている。「スプリンターには好不調の波がある」と。
だから勝利と敗北で織り上げたひとつのシーズンを終えた後に訪れる冬、スプリンターとリードアウトマンは新しいシーズンを戦うためのトレーニングに励む。できるだけ早く次の勝利を掴むためだ。可能ならばシーズン初戦を勝利で飾り、序盤から好調でいられるように。

2021年は今のところ大成功だ。ベネットは今シーズン最初の集団スプリントとなったUAEツアー第4ステージを制し、その後も順調に勝利数を伸ばしている。昨シーズンはパンデミックの影響でレース中止が相次ぐ中でも39勝を確保し、最多勝利チームとなった。今年もベネットのスプリント勝利を軸に最多勝利チームを目指すことになるだろう。



モルコフも絶賛のUAEツアーでのベネットの今季初勝利。
「優れたチームワークでサムのポジションを引き上げると、彼は今までで最高のスプリントで応えてくれた。これは適切な戦略と強さによる勝利だ」 © 2021 Getty Images

現エーススプリンターのベネットは2020年にドゥクーニンク・クイックステップに加入した。どちらかというとオープンな自信家が多いスプリンターには珍しく、ベネットは不安や弱気を隠さない。素直で繊細なエーススプリンターを精神的にサポートするのもモルコフの大切な仕事である。喜びで弾ける時も、悔しさを噛み締める時も、ベネットのそばにはモルコフの姿がある。

昨年のツール・ド・フランス、山岳ステージで苦しみながらタイムリミットと戦うベネットを、モルコフは励まし支え続けた。そうしてベネットはツールを完走し、最強スプリンターに与えられる最高の栄誉、すなわちマイヨ・ヴェールとシャンゼリゼでの勝利を手にしたのだ。チーム、そしてモルコフの献身がなければたどり着けなかった高みである。


2020年ツール・ド・フランス第10ステージ、ベネットは夢見続けていた初のツールステージ勝利を上げた。
自分が成し遂げたことを信じられないベネットをモルコフが笑顔で祝福する。 © 2020 Getty Images


グランツールを含むステージレースでは制限時間までにフィニッシュにたどり着かなければ次のステージに進むことができない。
マイヨ・ヴェールで厳しい登りに耐えるベネットをティム・デクレルク(ベルギー/写真中央)とともに見守りサポートする。これもまたリードアウトだ。 © 2020 Getty Images

昨年のツールを完走した選手は146人。モルコフは130位でツールを終えた。ただチームの、そしてベネットのために走ったツール・ド・フランスをモルコフはこう振り返る。
「昨年のツールのことは今も思い出すよ。僕たち選手だけではなく、スタッフや監督を含むチーム全員が一丸となって戦った。サムのマイヨ・ヴェール、そして最終日のシャンゼリゼでの勝利を夢見ていたから、彼の勝利が自分の勝利のように誇らしい。うまくいった日もあれば、そうでない日もあった。でも試練があってこそ、成し遂げた勝利が尊いんだ」

自分自身の勝利を求めて

ロードレース界屈指のリードアウトマンとしての顔の他に、モルコフにはもう一つの顔がある。
彼はトラックレーサーでもある。それも、超一流の。昨年のトラック世界選手権にデンマーク代表で出場、マディソンで優勝を飾っている。

チームメイトのジュリアン・アラフィリップ(フランス)は現ロードレース世界王者だが、実はモルコフも世界王者。
UAEツアーから直接向かったため直前まで隔離されていたにも関わらず平均時速58q超の超高速レースを圧倒、2009年以来の同種目での勝利を飾った。

実は2009年世界選手権でもマディソン、そしてチームパシュートを勝っている。11年ぶりとなる世界一のタイトルを母国に持ち帰ったトラックレーサー・モルコフの次の目標は金メダルだ。今年もベネットの勝利請負人として走ることになるだろうツール・ド・フランスのその先に、彼は東京五輪を見据えている。

トラックで培った爆発的な加速力、そして位置取りの妙技がモルコフを世界屈指のリードアウトマンたらしめているのは間違いない。ドゥクーニンク・クイックステップはそれをよく理解しており、モルコフのトラックレース参戦を後押ししている

そういえばモルコフが得意とするトラック・マディソンもロードレース・スプリントは、どちらも相棒とのコンビネーションで勝つ競技だ。自分のためだけでなく、誰かのために走ることが勝利と強さに繋がる。そしてそれは、チームで競うロードレースの本質でもある。

ロードレース選手とトラック選手の二つの顔を持つモルコフ。よき父親の顔も持っている。

【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。いぶし銀の仕事人モルコフさんの魅力が少しでも伝わればハッピーです。こんな人と一緒に仕事ができたら最高だと思いませんか。

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