The Right Stuff 「正しい資質」が勝つ

2021/04/26

The Right Stuff 「正しい資質」が勝つ

カスパー・アスグリーンはいかにして「キング・オブ・クラシック」覇者となったのか。勝利の鍵は彼とチーム、そしてスペシャライズドの「正しい資質」でした。

TOP画像:Photo:© 2021 Getty Images

 

フィニッシュまであと1q。オランダチャンピオンジャージに身を包んだ前年覇者マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)とデンマークチャンピオンジャージ姿のカスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)が水色のバナーをくぐる。他の選手たちを置き去りにして、2人でここまでやって来た。白いセンターラインが真っすぐに引かれた広い舗装路。薄日の差すそこが最後の戦いの舞台だった。パンデミックのせいでフェンスの向こうの人影は例年よりずっと少なく、静かだ。空撮のヘリコプターの音が響いていた。

ファンデルプールの後輪に吸い付いて、アスグリーンは前だけを見ていた。ファンデルプールが何度も振り返るが、気にしない。残り250m。サドルから腰を上げて、ペダルを踏みこむ。ファンデルプールも前を向く。最後のスプリントが始まった。

全身の力をバイクに叩きつけてファンデルプールが一気に加速する。アスグリーンも応戦する。爆発的なスプリントがアスグリーンを振り落とすかと思われた瞬間、ファンデルプールの獰猛な走りは唐突に終わる。50mを残して、電池が切れたように力尽きた。そしてファンデルプールが脚を止めても、アスグリーンは止めなかった。勝利を確信したアスグリーンは上半身を起こし、ハンドルから手を離す。そして腕を大きく振り上げ、雄叫びを上げながら、フィニッシュラインを越えた。

19の急坂が詰め込まれた254.3kmのロンド・ファン・フラーンデレン。6時間に及ぶ戦いを制したのは、26歳のカスパー・アスグリーンとTarmac SL7だった。

ファンデルプールとアスグリーンが一対一のスプリントバトルに挑む。勝負が決まったのはラスト50m。
アスグリーンは平均時速42qで254qを駆け抜けた。

 
アスグリーンの「正しい資質」

いかにしてレースを勝つか。選手たちは言う。「その日一番強ければ勝てるだろう」と。

ドゥクーニンク・クイックステップは、クラシックレースにおいては十分過ぎる程の戦力を持つチームである。特にジュリアン・アラフィリップ(フランス)は素晴らしい石畳適性を持ち、昨年は終盤の勝負どころでファンデルプール、ワウト・ファンアールト(ベルギー/チームユンボ・ヴィズマ)と共に集団を抜け出し先行した。ファンデルプールとファンアールトはそのままランデヴーを続け、最後に一騎打ちを演じて勝負を決めている。不運な落車でレースを去らなければ、アラフィリップにも勝機はあっただろう。


現世界チャンピオンの証・虹色ジャージを着るアラフィリップとアスグリーンが並んでチームプレゼンテーションに登場。 ちなみにチームジャージのデザインはロンド限定。スポンサーである窓・サッシメーカーのドゥクーニンク社の「エレガント」シリーズをプロモーションしている。Photo:© 2021 Getty Images

驚くことにアラフィリップのロンドデビューは昨年だった。参戦初年の活躍とそれまでの実績からアラフィリップ、ファンデルプール、ファンアールトの3人は「三銃士」と呼ばれ、2021年の優勝候補筆頭とささやかれていた。パンデミックの影響で2020年は秋、2021年は春という変則的な開催スケジュールのため2年連続で世界王者としてロンドに挑むことになったアラフィリップはリベンジに燃えていたに違いない。だが、アラフィリップ以上に闘志を燃やす男がいた。それがアスグリーンだ。

アスグリーンは世界選手権でトップ10に入る実力を持つタイムトライアルスペシャリストである。初のワンデーレース勝利を収めた2020年クールネ〜ブリュッセル〜クールネでは35qを独走した。昨年はデンマークで約20年ぶりとなる個人タイムトライアルとロードのダブルナショナルチャンピオンタイトルを獲得しており、ワンデー巧者としての才能も開花させつつあった。


2020年ロード世界選手権個人タイムトライアルでは6位。フロントフォークがデンマークチャンピオン仕様になっているShiv TT Discに注目。© 2020 Getty Images

アスグリーンは例年以上に高いモチベーションを持って冬季トレーニングに励んだ。そして前哨戦E3サクソバンククラシックでは約50qの単独走ののち、ラスト5qで再度アタックして独走勝利を決めた。ロードレースは脚が全てを決める世界だ。チームは彼をロンド・ファン・フラーンデレンにおけるエースの1人に指名した。集団コントロールや中盤までの追走をティム・デクレルク(ベルギー)、ダヴィデ・バッレリーニ(イタリア)、ベルト・ファンレルベルヘ(ベルギー)に任せて、この日は仕掛ける側に回った。だから残り60qで落車し、集団復帰に脚を使ってしまっても問題はなかった。


E3サクソバンククラシックでは単独で長距離を逃げ続けていたにも関わらず、最終盤に再度アタックして逃げ切り。
チームメイトの助けとアスグリーンの恐るべきスタミナあってこその戦術だった。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンは石畳クラシックを愛していた。長い距離、厳しい急坂、切り立った石畳、そして繰り返されるアタックが残酷なまでに勝者と敗者を選別する。その中でもロンドは格別だ。自転車競技を始めてからずっと追いかけてきた、特別なレースなのだ。夢と言い換えてもいい。初めてロンドを走った2019年は2位。リーダーのフィリップ・ジルベール(ベルギー/現ロット・スーダル)を失った後チームを指揮していたボブ・ユンゲルス(ルクセンブルク/現AG2Rシトロエン)によってフィニッシュ直前で発射され、チームの表彰台を死守した。2020年は13位。2年連続で追走グループに留まった。いつか、いや今日、この美しいレースを勝ちたい。そのためには、どこかで抜け出さなければならない。

2度目のオウデ・クワレモントではアラフィリップとともに攻撃に打って出た。少しずつ人数を減らす先頭グループに食らいつき、ロンドを三度制したトム・ボーネン(ベルギー)にちなんで「ボーネンベルグ」と名付けられたターインベルグでアラフィリップが放ったアタックで絞り込まれた6人の中に残ることに成功した。だが、まだ足りない。


2度目のオウデ・クワレモントでアタックするアラフィリップ。終盤までアスグリーンと協力してライバルたちにプレッシャーを与え続けた。Photo:© 2021 Getty Images

残り27q、アスグリーンは決断する。先頭グループを抜け出すために加速した。反応したのはファンデルプールとファンアールトだ。エースの責任を分け合うアラフィリップにはもう力は残っておらず、アスグリーンを見送った。3度目のオウデ・クワレモントではファンデルプールの全開のアタックに耐えた。パテルベルグでは自ら反撃を試みた。やがてファンアールトが脱落し、この日一番強い2人が先頭に残った。


アスグリーンのアタックに追随したのは新旧シクロクロス世界王者の2人。
昨年はアスグリーンの代わりにアラフィリップを加えた3人が先行し、展開を作った。Photo:© 2021 Getty Images


ファンアールトを突き放し、先頭はファンデルプールとアスグリーンの2人に。
石畳の急坂が疲れ切った脚に容赦なく牙をむく。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンは再度アタックして、独走に持ち込むだろう。世界中の誰もがそう考えていた。これまでのアスグリーンの勝利のほとんどは個人タイムトライアルか独走勝利だ。そしてファンデルプールは世界屈指のスプリンターである。全てを賭けたアタックだけが勝機に違いないーそれは妥当な予測だった。しかし、アスグリーンだけは違う考えを持っていた。ファンデルプールと先頭交代をしながら、後続との差を広げていく。


昨年のロンド覇者の証であるゼッケン「1」を付けるファンデルプールと協調しながらフィニッシュを目指すアスグリーン。
この時点では世界中のジャーナリストとロードレースファンがファンデルプールの勝利を予想していた。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンには、もうアタックでファンデルプールを振り落とす力はなかった。無慈悲な道の上でライバルたちと散々打ち合ってきたのだ。そして、それはファンデルプールも同じだった。普通のスプリントではアスグリーンに勝ち目はないだろう。だが互いに限界を超えた状態で行うスプリントはどうだろうか。いちかばちかのアタックよりも勝機はある、とアスグリーンは考えた。パトリック・ルフェーブルGMは自分のスプリントに懐疑的だったが、スプリントで勝ったことだってあるのだ。瞬発力ではファンデルプールに適わない。でも、高い出力を長時間維持するロングスプリントならば。今日の自分は今までで最強の自分だ。大丈夫、やれる。そうして残り1qのバナーをくぐった。

果たしてアスグリーンは正しかった。この日一番強かった選手が彼であったことは間違いない。しかし、強いだけではレースを勝つことはできない。自分とライバルの力を見極め、合理的な判断を下し続けた冷静さ。それこそが彼を勝利に導いた「正しい資質」であったと言えるだろう。

2021年のロンドを総括するチーム公式動画の中で、アスグリーンはこう語っている。
「常にベストを尽くすことだけ考えている。自分以上に自分のベストを望む人間などいないんだ」

「正しい資質」としてのクリンチャータイヤ

ロルフ・ソレンセンがロンドを勝ったのは1997年。デンマーク人のロンド制覇は24年ぶり2人目だ。ソレンセンはアスグリーンの勝利を信じ、レース前に電話でアドバイスを授けたという。

歴史に刻まれるべきことは他にもある。ドゥクーニンク・クイックステップの発表によると、クリンチャータイヤでのモニュメント(世界五大クラシックレース)勝利は史上初だ。

プロの世界ではチューブラータイヤやチューブレスタイヤが主流だ。しかしアマチュアライダーのほとんどはクリンチャータイヤを愛用している。スペシャライズドの創業者兼CEOであるマイク・シンヤードもその1人だった。だから疑問だった。

「何故自分たちが毎日使うクリンチャータイヤは、100年以上レースで使われているチューブラータイヤよりも優れたものにならないのか?」

スペシャライズドのエンジニアはこの疑問に答えを出すべく開発を続けた。そしてRapideとAlpinistの二つのホール、ラテックス製チューブ、Turbo Cotton クリンチャータイヤの組み合わせにたどり着いた。

Rapide CLX/Alpinist CLXについて>


ドゥクーニンク・クイックステップの選手たちはRovalの最新ホイールであるRapide CLXに、28mm幅のTurbo Cotton Hell of the North タイヤをチョイス。
通常版のTurbo Cottonとほぼ同じ見た目だが、Hell of the Northのトレッドはサイドウォール側へとより伸びており耐カット性を高めている。トレッド自体のパンク耐性も高い。Photo:© 2021 Getty Images

クリンチャータイヤの利点は速さだ。チューブラーよりも転がり抵抗が低い。ラテックスチューブのパンク耐性と空力の良さに由来する走行抵抗の低さもレースユースにおける魅力である。今年のロンドを走ったドゥクーニング・クイックステップの選手は全員クリンチャーを利用していた。そして、1人もパンクに見舞われることなくレースを終えている。

もしパンクしてしまったら、そしてチームカーが近くにいなかったら。チューブラーやチューブレスならば新しいホイールが届くまでの間も走り続けられるかもしれない。だが、その分走行中の速さが失われる。レースの中には多面的なリスクが存在する。機材の選択は戦略だ。スペシャライズドがチームと協力してクリンチャーセットアップを開発してきたこと、そしてドゥクーニンク・クイックステップがそのメリットを認めてロンドに投入したこと。いずれも勝つための正しい選択だった。これもまた勝利を導く「正しい資質」だったと言えよう。

ドゥクーニンク・クイックステップとボーラ・ハンスグローエをはじめスペシャライズドがサポートするプロチームはクリンチャータイヤを選んでいる。石畳や急坂をよりスムーズにより速く走るためのチョイスだ。

 

【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。最後は正座で見守った今年のロンド。あまりにも劇的なラストは今見返しても震えます。

池田 綾さんの記事はこちらから>

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2021/04/26

The Right Stuff 「正しい資質」が勝つ

カスパー・アスグリーンはいかにして「キング・オブ・クラシック」覇者となったのか。勝利の鍵は彼とチーム、そしてスペシャライズドの「正しい資質」でした。

The Right Stuff 「正しい資質」が勝つ

TOP画像:Photo:© 2021 Getty Images

 

フィニッシュまであと1q。オランダチャンピオンジャージに身を包んだ前年覇者マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)とデンマークチャンピオンジャージ姿のカスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)が水色のバナーをくぐる。他の選手たちを置き去りにして、2人でここまでやって来た。白いセンターラインが真っすぐに引かれた広い舗装路。薄日の差すそこが最後の戦いの舞台だった。パンデミックのせいでフェンスの向こうの人影は例年よりずっと少なく、静かだ。空撮のヘリコプターの音が響いていた。

ファンデルプールの後輪に吸い付いて、アスグリーンは前だけを見ていた。ファンデルプールが何度も振り返るが、気にしない。残り250m。サドルから腰を上げて、ペダルを踏みこむ。ファンデルプールも前を向く。最後のスプリントが始まった。

全身の力をバイクに叩きつけてファンデルプールが一気に加速する。アスグリーンも応戦する。爆発的なスプリントがアスグリーンを振り落とすかと思われた瞬間、ファンデルプールの獰猛な走りは唐突に終わる。50mを残して、電池が切れたように力尽きた。そしてファンデルプールが脚を止めても、アスグリーンは止めなかった。勝利を確信したアスグリーンは上半身を起こし、ハンドルから手を離す。そして腕を大きく振り上げ、雄叫びを上げながら、フィニッシュラインを越えた。

19の急坂が詰め込まれた254.3kmのロンド・ファン・フラーンデレン。6時間に及ぶ戦いを制したのは、26歳のカスパー・アスグリーンとTarmac SL7だった。

ファンデルプールとアスグリーンが一対一のスプリントバトルに挑む。勝負が決まったのはラスト50m。
アスグリーンは平均時速42qで254qを駆け抜けた。

 
アスグリーンの「正しい資質」

いかにしてレースを勝つか。選手たちは言う。「その日一番強ければ勝てるだろう」と。

ドゥクーニンク・クイックステップは、クラシックレースにおいては十分過ぎる程の戦力を持つチームである。特にジュリアン・アラフィリップ(フランス)は素晴らしい石畳適性を持ち、昨年は終盤の勝負どころでファンデルプール、ワウト・ファンアールト(ベルギー/チームユンボ・ヴィズマ)と共に集団を抜け出し先行した。ファンデルプールとファンアールトはそのままランデヴーを続け、最後に一騎打ちを演じて勝負を決めている。不運な落車でレースを去らなければ、アラフィリップにも勝機はあっただろう。


現世界チャンピオンの証・虹色ジャージを着るアラフィリップとアスグリーンが並んでチームプレゼンテーションに登場。 ちなみにチームジャージのデザインはロンド限定。スポンサーである窓・サッシメーカーのドゥクーニンク社の「エレガント」シリーズをプロモーションしている。Photo:© 2021 Getty Images

驚くことにアラフィリップのロンドデビューは昨年だった。参戦初年の活躍とそれまでの実績からアラフィリップ、ファンデルプール、ファンアールトの3人は「三銃士」と呼ばれ、2021年の優勝候補筆頭とささやかれていた。パンデミックの影響で2020年は秋、2021年は春という変則的な開催スケジュールのため2年連続で世界王者としてロンドに挑むことになったアラフィリップはリベンジに燃えていたに違いない。だが、アラフィリップ以上に闘志を燃やす男がいた。それがアスグリーンだ。

アスグリーンは世界選手権でトップ10に入る実力を持つタイムトライアルスペシャリストである。初のワンデーレース勝利を収めた2020年クールネ〜ブリュッセル〜クールネでは35qを独走した。昨年はデンマークで約20年ぶりとなる個人タイムトライアルとロードのダブルナショナルチャンピオンタイトルを獲得しており、ワンデー巧者としての才能も開花させつつあった。


2020年ロード世界選手権個人タイムトライアルでは6位。フロントフォークがデンマークチャンピオン仕様になっているShiv TT Discに注目。© 2020 Getty Images

アスグリーンは例年以上に高いモチベーションを持って冬季トレーニングに励んだ。そして前哨戦E3サクソバンククラシックでは約50qの単独走ののち、ラスト5qで再度アタックして独走勝利を決めた。ロードレースは脚が全てを決める世界だ。チームは彼をロンド・ファン・フラーンデレンにおけるエースの1人に指名した。集団コントロールや中盤までの追走をティム・デクレルク(ベルギー)、ダヴィデ・バッレリーニ(イタリア)、ベルト・ファンレルベルヘ(ベルギー)に任せて、この日は仕掛ける側に回った。だから残り60qで落車し、集団復帰に脚を使ってしまっても問題はなかった。


E3サクソバンククラシックでは単独で長距離を逃げ続けていたにも関わらず、最終盤に再度アタックして逃げ切り。
チームメイトの助けとアスグリーンの恐るべきスタミナあってこその戦術だった。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンは石畳クラシックを愛していた。長い距離、厳しい急坂、切り立った石畳、そして繰り返されるアタックが残酷なまでに勝者と敗者を選別する。その中でもロンドは格別だ。自転車競技を始めてからずっと追いかけてきた、特別なレースなのだ。夢と言い換えてもいい。初めてロンドを走った2019年は2位。リーダーのフィリップ・ジルベール(ベルギー/現ロット・スーダル)を失った後チームを指揮していたボブ・ユンゲルス(ルクセンブルク/現AG2Rシトロエン)によってフィニッシュ直前で発射され、チームの表彰台を死守した。2020年は13位。2年連続で追走グループに留まった。いつか、いや今日、この美しいレースを勝ちたい。そのためには、どこかで抜け出さなければならない。

2度目のオウデ・クワレモントではアラフィリップとともに攻撃に打って出た。少しずつ人数を減らす先頭グループに食らいつき、ロンドを三度制したトム・ボーネン(ベルギー)にちなんで「ボーネンベルグ」と名付けられたターインベルグでアラフィリップが放ったアタックで絞り込まれた6人の中に残ることに成功した。だが、まだ足りない。


2度目のオウデ・クワレモントでアタックするアラフィリップ。終盤までアスグリーンと協力してライバルたちにプレッシャーを与え続けた。Photo:© 2021 Getty Images

残り27q、アスグリーンは決断する。先頭グループを抜け出すために加速した。反応したのはファンデルプールとファンアールトだ。エースの責任を分け合うアラフィリップにはもう力は残っておらず、アスグリーンを見送った。3度目のオウデ・クワレモントではファンデルプールの全開のアタックに耐えた。パテルベルグでは自ら反撃を試みた。やがてファンアールトが脱落し、この日一番強い2人が先頭に残った。


アスグリーンのアタックに追随したのは新旧シクロクロス世界王者の2人。
昨年はアスグリーンの代わりにアラフィリップを加えた3人が先行し、展開を作った。Photo:© 2021 Getty Images


ファンアールトを突き放し、先頭はファンデルプールとアスグリーンの2人に。
石畳の急坂が疲れ切った脚に容赦なく牙をむく。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンは再度アタックして、独走に持ち込むだろう。世界中の誰もがそう考えていた。これまでのアスグリーンの勝利のほとんどは個人タイムトライアルか独走勝利だ。そしてファンデルプールは世界屈指のスプリンターである。全てを賭けたアタックだけが勝機に違いないーそれは妥当な予測だった。しかし、アスグリーンだけは違う考えを持っていた。ファンデルプールと先頭交代をしながら、後続との差を広げていく。


昨年のロンド覇者の証であるゼッケン「1」を付けるファンデルプールと協調しながらフィニッシュを目指すアスグリーン。
この時点では世界中のジャーナリストとロードレースファンがファンデルプールの勝利を予想していた。Photo:© 2021 Getty Images

アスグリーンには、もうアタックでファンデルプールを振り落とす力はなかった。無慈悲な道の上でライバルたちと散々打ち合ってきたのだ。そして、それはファンデルプールも同じだった。普通のスプリントではアスグリーンに勝ち目はないだろう。だが互いに限界を超えた状態で行うスプリントはどうだろうか。いちかばちかのアタックよりも勝機はある、とアスグリーンは考えた。パトリック・ルフェーブルGMは自分のスプリントに懐疑的だったが、スプリントで勝ったことだってあるのだ。瞬発力ではファンデルプールに適わない。でも、高い出力を長時間維持するロングスプリントならば。今日の自分は今までで最強の自分だ。大丈夫、やれる。そうして残り1qのバナーをくぐった。

果たしてアスグリーンは正しかった。この日一番強かった選手が彼であったことは間違いない。しかし、強いだけではレースを勝つことはできない。自分とライバルの力を見極め、合理的な判断を下し続けた冷静さ。それこそが彼を勝利に導いた「正しい資質」であったと言えるだろう。

2021年のロンドを総括するチーム公式動画の中で、アスグリーンはこう語っている。
「常にベストを尽くすことだけ考えている。自分以上に自分のベストを望む人間などいないんだ」

「正しい資質」としてのクリンチャータイヤ

ロルフ・ソレンセンがロンドを勝ったのは1997年。デンマーク人のロンド制覇は24年ぶり2人目だ。ソレンセンはアスグリーンの勝利を信じ、レース前に電話でアドバイスを授けたという。

歴史に刻まれるべきことは他にもある。ドゥクーニンク・クイックステップの発表によると、クリンチャータイヤでのモニュメント(世界五大クラシックレース)勝利は史上初だ。

プロの世界ではチューブラータイヤやチューブレスタイヤが主流だ。しかしアマチュアライダーのほとんどはクリンチャータイヤを愛用している。スペシャライズドの創業者兼CEOであるマイク・シンヤードもその1人だった。だから疑問だった。

「何故自分たちが毎日使うクリンチャータイヤは、100年以上レースで使われているチューブラータイヤよりも優れたものにならないのか?」

スペシャライズドのエンジニアはこの疑問に答えを出すべく開発を続けた。そしてRapideとAlpinistの二つのホール、ラテックス製チューブ、Turbo Cotton クリンチャータイヤの組み合わせにたどり着いた。

Rapide CLX/Alpinist CLXについて>


ドゥクーニンク・クイックステップの選手たちはRovalの最新ホイールであるRapide CLXに、28mm幅のTurbo Cotton Hell of the North タイヤをチョイス。
通常版のTurbo Cottonとほぼ同じ見た目だが、Hell of the Northのトレッドはサイドウォール側へとより伸びており耐カット性を高めている。トレッド自体のパンク耐性も高い。Photo:© 2021 Getty Images

クリンチャータイヤの利点は速さだ。チューブラーよりも転がり抵抗が低い。ラテックスチューブのパンク耐性と空力の良さに由来する走行抵抗の低さもレースユースにおける魅力である。今年のロンドを走ったドゥクーニング・クイックステップの選手は全員クリンチャーを利用していた。そして、1人もパンクに見舞われることなくレースを終えている。

もしパンクしてしまったら、そしてチームカーが近くにいなかったら。チューブラーやチューブレスならば新しいホイールが届くまでの間も走り続けられるかもしれない。だが、その分走行中の速さが失われる。レースの中には多面的なリスクが存在する。機材の選択は戦略だ。スペシャライズドがチームと協力してクリンチャーセットアップを開発してきたこと、そしてドゥクーニンク・クイックステップがそのメリットを認めてロンドに投入したこと。いずれも勝つための正しい選択だった。これもまた勝利を導く「正しい資質」だったと言えよう。

ドゥクーニンク・クイックステップとボーラ・ハンスグローエをはじめスペシャライズドがサポートするプロチームはクリンチャータイヤを選んでいる。石畳や急坂をよりスムーズにより速く走るためのチョイスだ。

 

【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。最後は正座で見守った今年のロンド。あまりにも劇的なラストは今見返しても震えます。

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