2019.10.11

2019 UCIロード世界選手権 ヨークシャー現地観戦レポート

多くのスペシャライズドライダーが出場したロード世界選手権。9月29日開催の男子エリートロードレースを、現地レポートを交えて振り返ります。

ロードレースシーズン後半のクライマックス、世界選手権。イギリス北部、ヨークシャーを舞台に繰り広げられた世界王者の証である「アルカンシェル(フランス語で虹の意)」ジャージを巡る戦いを、スペシャライズドバイクで出走した選手達の走りを中心にレビューします。

■天気予報は「大雨」
104qを独走したアネミエク・ファンフルーテン(オランダ)の勝利というドラマティックな結末で幕を閉じたエリート女子ロードレース(9月28日開催)。前年覇者アンナ・ファンデルブレッヘンが2位に入り、最強の呼び声が高いオランダがワンツーを決めた。
女子レースの周回コースが始まる頃には青空が広がっていたが、現地のスタッフは口を揃えてこう言っていた。「明日は恐ろしい天気になる」と。スタッフの言葉通り、エリート男子ロードレースが開催される 翌日は大雨の予報だった。


笑顔でフィニッシュストレートへ飛び込んできたファンフルーテン。青空をバックに、爽やかな幕切れだった。Photo:©Keisuke Kitaguchi


前年の世界チャンピオン・ファンデルブレッヘンは2年連続表彰台。今年は個人タイムトライアルとロードレース両方で2位。Photo:©CyclingImages

エリート男子ロードレースは前夜にコース短縮の可能性が示唆され、9月29日当日朝にそれは確定情報として発表された。

リーズをスタートし丘陵地帯を経てハロゲート周回コースに至る構成は変わらないが、ライン区間となる丘陵地帯の一部がカットされ、その代わりにハロゲート周回が7周から9周へ増える。距離は285qから261qへ短縮されるが、それはレースの難易度が下がることを意味しない。前夜から降り続いた雨は路面を重たく濡らし、晴れていればのどかな景色が広がる丘陵地帯に巨大な水たまりを出現させた。

■波乱の幕開け
雨装備に身を包みリーズをスタートした194名の選手達 。この中からただ一人の世界王者を決める戦いが始まった。
数度のアタックと吸収を経て形成された逃げグループには、今年のグランツールの顔が揃っていた。ナイロ・キンタナ(コロンビア)に加えてジロ総合優勝リチャル・カラパス(エクアドル)、そしてブエルタ覇者プリモシュ・ログリッチ(スロベニア)。集団はフランス、オーストラリア、オランダがコントロール。5分を超えないタイム差で逃げグループを追う。


ドゥクーニンク・クイックステップとボーラ・ハンスグローエからはそれぞれ13名、合計26名が出走した。Photo:© 2019 Getty Images


選手達の服装はまちまちで、分厚いグローブを付けネックウォーマーに埋もれている選手もいれば、上着を着ずに指切りグローブ姿の選手も。Photo:©CyclingImages

雨のためか、それともこの地方特有の荒れた路面のせいか、序盤からパンクやメカトラが頻発。トラブルに見舞われた選手達はチームカーの車列の間を縫うように走り集団復帰を目指す。余談だが、数日前の男子U23ではチームカーのスリップストリーム利用を理由に1位でフィニッシュした選手が失格となった。その影響なのか、これまでのレースと比べて選手達が車の後ろにつく時間が短い。

降り続く冷たい雨の中、時に冗談のような水しぶきを上げながら選手達はハロゲートに向かってライン区間を消化していく。

そうは見えないが、これは紛れもなくロードレース。


雨のためか、ディスクブレーキバイクで出走している選手が目立った。Photo:©Keisuke Kitaguchi


スペシャライズドがサポートしている選手達は全員がディスクブレーキモデルのTarmacかVengeを使用。 雨天時のブレーキング、バイクコントロールに大きなアドバンテージをもたらす。 Photo:©Keisuke Kitaguchi
 

■ジルベールとエヴェネプール2人のチャンピオン
冷たい雨に濡れながらハロゲート周回に到達したメイン集団。すると残り125q地点、周回コース序盤で優勝候補の一人、フィリップ・ジルベール(ベルギー)が落車してしまう。
序盤にもメカトラで遅れる姿を見せていたジルベール。彼が得意とする悪天候、そしてアップダウンが続くクラシックレースのようなコース。今日はジルベールの日になるかと思われたが、運を味方につけることができず苦戦を強いられることになった。
落車したジルベールのためにドゥクーニンク・クイックステップのチームメイトでもあるレムコ・エヴェネプール(ベルギー)が残り、2人で追走を開始する。昨年の世界選手権ではジュニアカテゴリで出場、ロードレースと個人タイムトライアルの二冠を達成、そして今年はエリートカテゴリで出場し個人タイムトライアルで銀メダルに輝いた19歳の「怪物」エヴェネプールが、敬愛する偉大な先輩のために猛烈な牽引を見せる。エヴェネプールならば集団までジルベールを戻すことができる、誰もがそう思っていた。


何度も振り向きながら走るエヴェネプール。後ろで苦しそうなジルベールを気遣うような表情を見せる。エヴェネプールはVenge、ジルベールはTarmac Discに乗っている。Photo:©Keisuke Kitaguchi

しかし届かなかった。濡れた路面が容赦なく脚を奪い、寒さが体力を削り取っていく。テクニカルなコーナ―とアップダウンが連続する周回コースからは集団から遅れた選手達が次々と脱落していった。ジルベールも例外ではなく、残り95qでバイクを降りた。献身的にジルベールを牽き続けたエヴェネプールも残り90qでリタイアすることになる。ジルベールは2012年、そしてエヴェネプールは ジュニアカテゴリで2018年にアルカンシェルを獲得している。強力な2人のチャンピオンの退場。ベルギーにとっては重要な手札を失う痛い展開となった。
 

ドゥクーニンク・クイックステップへの加入時「元世界チャンプのジルベールがチームメイトなんだよ!」と喜んでいたエヴェネプールからジルベールへのメッセージが切なくも温かい。来季は別チームへ移籍してしまうジルベールからの返信コメントにも注目。

■意外な結末
逃げグループを吸収してスタートしたハロゲート周回コース。残り100qを切りフランス、デンマーク、イタリアなど人数を揃えている強豪国がペースを上げ、展開を更に厳しいものにしていく。特に優勝候補ジュリアン・アラフィリップ擁するフランスは、フロリアン・セネシャル、そしてレミ・カヴァニャを使って積極的にスピードアップを図る。


ブエルタ・ア・エスパーニャで連日逃げに乗り、遂にステージ勝利を掴んだカヴァニャはフランスの機関車として世界選手権でも大活躍。
残り53qでバイクを降りるまで仕事をし続けた。Photo:©Keisuke Kitaguchi


ツール・ド・フランスで連日集団を牽き続けたカスパー・アスグリーン(デンマーク)。この日も先頭を牽引、残り75qでリタイア。Photo:©Keisuke Kitaguchi

上がる速度に人数を減らし続ける集団から残り67qでローソン・クラドック(アメリカ)がアタック。これにステファン・キュンク(スイス)が合流し、2人が先行する展開に。
メイン集団からはゼネク・スティバル(チェコ)をはじめ数人がアタックを仕掛けるも不発に終わる。しかし残り47qで加速したマッズ・ペデルセン(デンマーク)は集団から抜け出すことに成功、先行していたクラドックとキュンクに合流。ペデルセン合流後すぐにクラドックが脱落し、残り45qでジャンニ・モスコン(イタリア)が、続いて残り42q地点で今季ツール初日に劇的な勝利を飾ったマイク・テウニッセン(オランダ)が追い付き、先頭は4人になった。


ジルベールとエヴェネプールを欠き、先頭グループにメンバーを送り込めていないベルギーがメイン集団の牽引を担うことになる。イヴ・ランパールト、オリバー・ナーゼンが牽引する集団からは次々と先頭へのブリッジを試みる選手が現れるが、追い付くことができないまま残りの距離だけが減っていく。


個人タイムトライアルでの落車を感じさせない力強い走りでチームに貢献したランパールト。クラシックを主戦場とする選手だけあり、荒天をものともしない。Photo:©CyclingImages

やがて先頭からテウニッセンが脱落し、それが合図だったようにこの男が動いた。集団で息を潜めていたマチュー・ファンデルプール(オランダ)が残り33qで仕掛けたアタックに反応できたのはマッテオ・トレンティン(イタリア)のみ。鋭い加速で先頭に追い付いたファンデルプールが、シクロクロスに続く2枚目のアルカンシェル獲得に向けた走りを開始する。

雨の中沿道でレースの行方を見守っていた観客達の間にこれで決まった、という空気が流れた。今シーズン何度も劇的な勝利を掴み取ってきたファンデルプールが今年の世界王者だと。しかし残り13q地点でまさかの失速。モニターに映し出された遅れていくファンデルプールの姿に、大きなどよめきが起こった。
彼は何故遅れたのか。横のイギリス人に尋ねると、「Cramp!(足攣り)」という答えが返ってきた。

全世界を驚かせた、まさかのファンデルプール失速。

ファンデルプールの脱落後、先頭に残ったのはキュンク、ペデルセン、モスコン、そしてトレンティン。素直に考えれば2人を揃え、最もスプリント力のあるトレンティンを抱えるイタリアが有利だろう。しかし冷たい雨が打ちつける過酷なレースは再び予想外の展開を生む。モスコンが遅れ、最終ストレートに入ってきたキュンク、ペデルセン、トレンティンの三つ巴のスプリント、いち早くスプリントを開始したトレンティンの後ろから加速したペデルセンが伸びた。

フィニッシュラインに真っ先に届いたのはペデルセン。デンマークに初のアルカンシェルをもたらした23歳を知らない観客も多い様子だった。誰もが予想しない結末で、2019年のロード世界選手権が終わった。

最後のスプリントを制して勝利を手にしたペデルセン。7日前のGPイスベルグでも逃げ切り勝利を飾っていた。


波乱の世界選手権を制したペデルセン。決して無名の選手ではない。2018年ロンド・ファン・フラーンデレンでは独走勝利を飾ったニキ・テルプストラ(オランダ/ 当時クイックステップ・フロアーズ)に次ぐ2位でフィニッシュしている。Photo:©Keisuke Kitaguchi


フィニッシュ手前50m地点のモニター前には大きなデンマーク国旗が。Photo:©Keisuke Kitaguchi
 

世界選手権四勝目を狙っていたペテル・サガン(スロバキア)は残り3.3kmで集団からアタックし、見せ場を作った。先行していた4人に次ぐ5位でフィニッシュ。スーパースターらしいポーズで自身10回目の世界選手権を締めくくった。


アラフィリップ、フレフ・ヴァンアーベルマート(ベルギー)ら有力選手とともに集団内で機会を伺い続けていたサガン。Photo:©Keisuke Kitaguchi
 

サガンはいつでもスーパースター!ポーズに注目。
後ろで驚いた表情をしているのはヴァルグレン(デンマーク)。このタイミングでチームメイトの勝利を知った模様。


今年もやっぱりいました、サガン応援団。雨の中フィニッシュ手前にしっかりと陣取っていた。Photo:©Keisuke Kitaguchi

優勝候補として挙げられ、万全の体制で臨んだはずのアラフィリップは28位でレースを終えた。寒さと雨にやられてしまい、完走できただけでもよかったと述べている。Holy grail(聖杯)と彼が呼ぶ憧れのアルカンシェルを受け取るのは、来年以降に持ち越しだ。


メイン集団に食らいつき続けたアラフィリップ。こんなに疲弊した彼は珍しい。レースの過酷さが伺える。Photo:©CyclingImages

完走したのはたった46名というサバイバルレースとなった今年のヨークシャー世界選手権。
翌日は前日の荒天が嘘のような青空が広がったハロゲート。コース脇の柵やビジョンなどの設備は全て撤去され、静かな街に戻っていた。

来年の世界選手権の舞台はスイス。エーグル-マルティニーを走る244q、獲得標高4,384mのコースが選手達を待つ。


晴れて穏やかな空気が流れるレース翌日のハロゲート。もし前日の天気がこのような好天であれば、きっと展開は違っていただろう。Photo:©Aya Ikeda


「I’ll be back!」―サガンが4着目のアルカンシェルを着るのはいつ?Photo:©CyclingImages

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【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
サイクリングライター。昨年に続き現地で観戦した世界選手権、観客にとっても物凄く過酷でした…。ドゥクーニンク・クイックステップの選手達が仕事を全うしレースを降りていく姿にジーンときました。
実は完走した選手の中で最後にゴールしたのはペトル・ヴァコッチ選手(チェコ)。大怪我から復帰して、このタフなレースを立派に走り切るなんて。感動しました!

写真:北口圭介
4月のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの観戦時よりもさらに過酷だった今年の世界選手権。朝から冷たい雨…写真からその過酷さを感じて頂ければと思います(ちなみにこの撮影のあとカメラが故障しました)。

本文中に登場するエヴェネプールは19歳、ペデルセンは23歳、ファンデルプールとアスグリーンとカヴァニャは24歳。これからさらに強くなっていく彼らを見るのが楽しみです。

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